天才・新井場縁の災難(1)プロローグ 【ミステリー】

プロローグ

 とあるパーティー会場で、一人の作家に対する祝賀会が行われていた。

きらびやかな会場の装飾品たち、それに見合うドレスやタキシード姿の人々…

そんな高貴な貴族達のパーティーのようなこの会場で、特に目立った一人の女性がいた。

司会の男性がその女性を、マイク越しから大きなかつよく通る声で盛大に紹介する… 「それでは…本日の主役の登場ですっ!」

司会の声に、会場の視線は壇上にいる女性に集中し、それを確認した司会の男性は高らかに女性の名を言った。

「若干二十歳で日本ミステリー大賞…最優秀賞を獲得した…」

皆の視線はさらに壇上に集中する。

「小笠原桃子(おがさわらももこ)先生ですっ!」

司会の男性の紹介に、会場のボルテージは一気に最高潮になり、その拍手や歓声で会場は大騒ぎだ。

司会の男性は、会場の騒ぎを少し冷ますように言った。

「それでは本日の主役、小笠原桃子先生から、皆様へ御挨拶を…」

司会に促され、桃子は壇上に備え付けてある、スタンドマイクを手に取った。

スタンドマイクを手にした桃子は実に様になっている。

細身で抜群のスタイルに、綺麗な長い黒髪をなびかせ…キリッとした瞳、そして右目下にある泣きボクロが、彼女の美しさを際立たす…

そのスタイルの良さから、纏っているピンクのドレスがとても良く似合っていた。

そんな彼女のたたずまいに、会場からは「おぉーっ!」や「美しい…」「綺麗…」と、言った言葉が飛った。

そして、桃子がゆっくりと口を開いた。

「皆様……この度は、私……小笠原桃子の日本ミステリー大賞最優秀賞祝賀パーティーにご参加頂き、誠に感謝しております」

桃子の見た目とは、少し違った硬い喋り口調に、少しギャップを感じている人間もいる。

桃子は続けた。「若干二十歳の……若輩者の私に、この受賞は少し手に余る事もあるかもしれませんが……今後も精進していく所存でありますので、今後とも宜しくお願い致します」

見た目の若さとは違う、喋り口調に会場は少し戸惑った空気になったが、やがてすぐに拍手や歓声が会場を支配した。

……都内…某喫茶店……

都心から少し外れたところにある、百合根町(ゆりねちょう)…都内の割に静かなこの町は、治安も良くて、老若男女の人口比率もバランスが良い。

それだけ、この百合根町は住みやすい町と…人々に認識されているのだ。

その町のとある一つの喫茶店『風の声』で新井場縁(あらいばえにし)は、一人でコーヒーを楽しんでいた。

店名とギャップがあるクラシカルな店内は、お世辞でも広いとは言えず、10人程が座れるカウンター席のみだ。

午後3時を回ったところなので、客は縁一人だけだった。

縁は地元の高校2年生で今年17歳になったばかりだ。

現在夏休み中なので、この喫茶店に毎日のように訪れている。

端正で抽象的な顔立ちをしている縁は、Tシャツとジーンズという、ラフなスタイルだが、それも様になっている。

それというのも、縁は身長はそれほど高くはないが、校内でも有名なくらいの美男子で、学力も校内トップの実力を持っている。

それに合わせて、縁は独特な空気を纏っているので、インテリ感が醸し出ていることも人気もひとつだ。

縁はカウンターに肘を付けて、店内のテレビで放送中の報道番組を視聴している。

その報道番組では『美人女子大生作家、小笠原桃子の特集』といった、内容のコーナー流れていて、受賞祝賀会のVTR映像が写し出されている。

そんな映像を見ながら、店の店主が縁に言った。「すげぇな…とうとう最優秀賞獲っちゃったよ…」
縁は言った。

「たっくん、それは違う…運が良かっただけだろ…」

縁に『たっくん』と、呼ばれてる店主は香川巧(かがわたくみ)と言う名前だ。見た目は茶髪の短髪に、あご髭を生やしている。それに肌は色黒で、筋肉質、年齢は27歳で一応既婚者だ。

巧は言った。「でもよぉ、縁…こんな大変な賞は中々獲れないぞ…」

縁は溜め息を付いた。「はぁ~っ…。大変な賞だから、たちが悪いんだよ…」

縁が溜め息をした後に店の入口から、一人の女性が入って来た。

店内に現れた女性は、今テレビに写し出されている、小笠原桃子だった。

小さな町の喫茶店に、時の人が現れたというのに、縁も巧も驚いた様子は無い。

桃子は言った。「縁…テレビ見たか?」

縁は愛想なしに言った。「今見た…」

巧はニコニコしながら言った。「ちょうど今、その話をしてたところさ…」

巧の言葉を聞いた桃子は、実にご機嫌な表情になった。「そうかそうか、私について話をしていたのだな…うんうん…」

ご機嫌な桃子は縁の隣に座った。「マスター、アイスティーをくれ…」

巧は言った。「少々お待ち下さい…先生っ!」

巧は上機嫌な桃子をさらに乗せる感じで言った。案の定桃子の機嫌はさらに良くなった。「縁…私はとうとうやったんだ…」

縁は相変わらず、愛想無しだ。「わかってるよ…賞、獲ったんだろ…。見たくもないのに、あんだけ毎日テレビやってたら、嫌でもわかっちゃうよ…」

愛想の無い縁に、桃子は言った。「どうした?縁…元気が無いようだが…」

「別に…」

桃子は何かを感じ取ったのか、ニヤニヤしながら縁に言った。「ははぁん…わかったぞ…」

縁は憮然として言った。「な、何が?…」

「お前…私が有名になったから、もう私に会えないと思い、落ち込んでいるな?」

あまりにもトンチンカンな桃子の言い分に、思わず縁はテーブルに付いた肘を滑らした。

「あのなぁ…何でそうなるんだよ?」

桃子は縁の突っ込みを気にする事なく言った。「心配するな縁っ!どんなに私が有名になっても、お前と縁を切るような事は絶対にしない!」

縁は呆れた表情で言った。「もういいや…」

その頃、ちょうど巧がアイスティーを桃子に持ってきた。「どうぞ先生…アイスティーでございます」
巧に先生扱いされている桃子はご満悦だ。

縁は巧に言った。「たっくん、あんまりこの人…乗せないでよっ、すぐ調子に乗るんだから…」

巧は言った。「だって、面白れぇじゃん…」

縁は言った。「俺の身にもなってよ…」

「まぁ、賞獲ったのは事実なんだから…良いじゃんっ!」

そう言うと巧は店の奥に行ってしまった。

縁はご満悦な桃子に言った。「桃子さん、何しに来たの?」

桃子はニヤニヤしながら言った。「縁は今晩予定は?…空いてるか?」

縁は嫌な予感がした。「な、何だよ?…また俺を訳のわからん古びた屋敷や、変な伝説がある田舎に連れて行くつもりじゃ…」

桃子は表情崩す事なく言った。「その言いぐさは少し引っ掛かるが…まぁいい。そんな事より、今晩美味い物…食べたくないか?」

縁は桃子の言う『そんな事』で、これまで散々な目に合っている。しかし、今回はどうやら違うようだ。

縁は言った。「何だよ?何か食わしてくれんの?」

桃子は満面の笑みだ。
 「ああ、勿論だとも…。縁には日頃世話になってるからな、私の受賞記念も兼ねてディナーでもしようじゃないか」

店の奥から話を聞いている巧は呟いた。「またか…」

巧が呟くように、桃子が縁を食事に誘ったり、何処かに招待する時は…たいてい何かある。

縁は頭も切れて、賢いが……縁はおそらく、今晩のディナーで頭がいっぱいだ。

案の定縁は言った。「ディナーか…洋食?和食?それとも…中華?」

巷では天才だの、スーパー高校生だの言われているが、こういうところは、まだまだ子供だ。

桃子は言った。「今晩…そうだな、7時に縁の家に迎えに行く。ディナーの場所は、『ホテルユリネ』の最上階のレストランだ」

縁は目を丸くした。「何ぃっ?!ホテルユリネの最上階のレストランって…ま、まさか?!」

桃子はニヤリと言った。「そうだ…『レストランジョア』だ」

縁は感動のあまり、言葉が出ない。

縁が感動するのも当然で、『レストランジョア』とは、多くの芸能人や著名人御用達の五ツ星レストランだ。

この町一番のホテルの最上階に位置し、出てくる料理は相当な値をはる、文句なしの高級レストランだ。

巧は呟いた。「ますます怪しい…」

そんな巧の心配をよそに、縁は興奮している。「桃子さんっ!スーツか?スーツでいいのか?」

縁の反応に満足した桃子は、笑顔で縁に言った。「そうだ、高級レストランだからな…それ相応の格好でなければ、門前払いだ」

そう言うと桃子は立ち上がった。「では、縁…7時に迎えに行くからな」

縁にそう言うと桃子は、縁の分も会計をすませ、喫茶店を出ていった。

巧は縁に言った。「お前…また引っ掛かったな…」

縁には巧の言葉は耳に入っていないようだった。「たっくん、どんな料理かなぁ…美味いんだろなぁ…。俺、行ったことないから…楽しみだよ…」

縁は今晩のディナーで頭がいっぱいだ。

巧は呟いた。

「ダメだ…こりゃ…」

 ……午後8時…レストランジョア……

「何だって?!京都に行く?!」

縁の驚きの声がレストラン内に響いた。

他の客が縁と桃子の席を、不機嫌そうな表情で見ている。

他の客の反応に我に帰った縁は、恥ずかしそうに小声で桃子に言った。

「何しに行くの?…まさか…」

桃子は縁の表情を見て言った。「もちろん取材だ…。次回作の…」

縁は頭を抱えた。「やっぱり…」

桃子は食事をしながら淡々と言った。「縁…お前…どうせ夏休みは暇だろ…」

「勝手に決めつけるなっ!…そうか…俺を京都に連れて行くためにディナーを…」

縁が状況を察した様子を見て、桃子はニヤリとした。「ふふふ、お前…けっこうな量を食べたな…」

縁は激昂した。「きたねぇぞっ!食いもんで俺を釣るなんて…」

縁の言葉に、またもや他の客が視線を集める。

桃子は淡々と言った。「縁…他の客に迷惑だぞ、あまり騒ぐな…」

「あんたが俺を騒がしてんのっ!くそっ!また飯に釣られちまった…」

桃子はニヤニヤしてる。

「お前、頭は良いんだが…何処か抜けてるな…」

「あんただけには言われたくねぇよ…」

桃子は言った。「まぁいいじゃないか…私のような美人と京都に旅行へ行けるんだぞ…。喜ばれはしても、怒られる理由がわからん」

縁は頭を抱えた。「どの口が言ってんだ…」

「まぁ、観光のつもりでいい…今回は神社仏閣の雰囲気を感じ取れればそれでいいんだ」

「だったら一人で行けよ…」

桃子は少し寂しそうに言った。「縁…そう言わないでくれ…。私はお前と京都に行きたいんだ。一人だと寂しいだろ…」

縁がごねたら、桃子が寂しそうにする。これもいつもの光景だ。

縁は観念した。「わかったよ…。行くよ、もう飯も食っちまったから…」

縁の返事に桃子の表情は一気に明るくなった。「そうか…行ってくれるか…。お前が一緒だと私も安心だ」

「俺は、あんたと一緒だから不安だ…」

こうして、この奇妙な二人組の京都旅行が決定した。

しかし、この二人組の行く先々では…必ず何かが起こる…

もちろん、今回も例外では無かった。

次の話

天才・新井場縁の災難(1)第1話①観光しよう【ミステリー】

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